書籍・雑誌

三浦しをん『風が強く吹いている』

今年の最初の読了本がこれ、三浦しをんさんの『風が強く吹いている』でした。

昨秋読んだ、佐藤多佳子さんの『一瞬の風になれ』の高校陸上小説がなかなかよくて、けっこういいなぁ…なんて思っていました。何かまたこの分野でいい本がないかな、と思っていたところ、今月「ル・テアトル銀座」でこの『風が強く吹いている』を原作とした作品が上演されるという公演チラシを目にしました(アトリエ・ダンカンプロデュース 2009.1.8~1.18)。どんなお話しなんだろう…と、年末にこの本を手に取りました。

 「箱根の山は、蜃気楼なんかじゃない。」

たった十人で、しかも陸上未経験者がたくさんいる中で、箱根駅伝を目指す…。無茶苦茶に思われる設定に最初は戸惑いましたが、人物造形や語られることばの一つ一つに惹きつけられる魅力があり、先へ先へと読み進み、どうにか箱根駅伝当日までに読了できました。この本も、久しぶりのヒット、素敵な出会いとなるものでした。

記録として書いておこうとして調べてみると、この本、三浦しをんさんの直木賞受賞作だったんですね。改めて、受賞作となるだけの内容があるな、と感じました。

さらにまた、この秋に映画も公開される予定で、すでに撮影が始まっているようす。今年改めてブレイクするかもしれない作品だったんですね。

お薦めできる本です。ぜひお手元に。

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島本理生『ナラタージュ』

島本理生『ナラタージュ』(角川書店 初版2005)

 小説をまるごと読むのに時間がかかるようになってしまいました。
 長編といわれる新作小説を読んだのは『真鶴』(川上弘美)以来でしょうか。

 題名の「narratage」の意味を読了後に改めて調べました。「大辞林」には「〔narration と montage の合成語〕映画で、画面外の声に合わせて物語が展開していく技法。多く回想場面に用いられる。」と、「大辞泉」には「映画などで、ある人物の語りや回想によって過去を再現する手法。」とありました。
 そしてふと、今朝たまたま付けたテレビで宮本輝さんご本人が出てくる番組をやっていたのを思い起こしました。このお話しは、映画「泥の川」のようなモノクロ映画、ところどころ虫食いの傷が入ることのあるような画面の映画が似合うものかもしれません。
 もう今は触れることのできない過去、焼き付けられたフィルムの向こうにしかない真実に対する思いを、題名に込めているのかなぁと感じました。
 わたしのお気に入りでもあるビクトル・エリセ監督の『エル・スール』や『ミツバチのささやき』が、何度か出てくるところも魅力です。若いからとはいえプロの作家に対して失礼ですが、いろんなものを知っているなぁ、とも感じました。

 物語は、回想であることをはっきりとさせてから、スタートします。
 戯曲を、それも1時間ほどで完結する高校演劇むけのホンに触れ過ぎているせいか、なかなかドラマが進まないなぁ、と少々もどかしい感じの前半ではありました。そのせいもあってか、一度は50ページほどで中断していたのですが、改めて手にとって中断していた部分までをさらりと読み返した後は、すぅっと最後まで読み通せました。通勤時間の小間切れな時間に読み進むのがもどかしく、最後は久しぶりに部活もない休日に一気に読み終えました。

 大きくドラマが進むのは後半になってからなのですが、振り返ると、人物描写、心象風景の描写がとても丁寧です。心の内のささいな変化を、丹念にたどります。どこにも行けないで佇んでいる、佇んでいるしかない人の心。
 工藤泉、葉山貴司、小野玲二の3人が主要な登場人物です。主人公である「私」工藤泉の回想という形式を取り、表面的には淡々とした「私」の語りではあるのですが、その淡泊さがむしろ、ひりひりするような心の動きに深い現実味を与えます。「私」の流す涙が、その温かさを伴って伝わってくるような感覚です。あまりにも痛い、胸が熱くなる「恋」だったため、〈回想〉という形でしか表現することができなかった。けれども、今もまだなお「私」の中に「恋」は生きている。
 「私」の目を通して描かれる人物の造形も精緻です。とくに、通い合えない、すれ違う心を描いた小野玲二という役柄の描写にうまさを感じました。もし戯曲だとすると説明的なことばが多いところもありましたが、工藤泉との関係が変化していくところなど、いとおしくさえありました。
 描写が丁寧、といえば、登場人物の身につけている服飾に対してもこだわりをもって描いているのかな、とも感じました。

 いくつかの光ることば。
 著者自身も表紙・口絵部分に引用していますが、
 「きっと、子供だったから愛とは違うとかじゃなくて、子供だったから、愛してるってことに気づかなかったんだよ」
 それと
 「会おうと思えばいつでも会える、という言葉にはきっと何の意味もない」

 引用文献に小川未玲「お勝手の姫」、参考文献にかめおかゆみこさんの『演劇やろうよ!』があるのにもとてもおもしろみを感じました。


 今日、たまたま立ち寄った本屋さんで、「ブログは、質はともかく毎日書くこと」という助言をしている文章をみつけました。そういえばまた最近さぼっているなぁと思い、久しぶりとなった更新でした。

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『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』

参加しているメーリングリストで紹介されていたため、この『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』(福田ますみ:著 新潮社)を読んでみました。

驚きました。
何年か前に、「血が穢れている、と言って児童を差別し、自殺未遂に追い込んだ教師」等と報道されていたのを覚えていましたが、その事件の真相に迫る克明なルポルタージュでした。本の帯には、「第6回・新潮ドキュメント賞受賞」ありましたが、至極納得のいく労作です。

本の紹介として、本の帯に書かれていた文章を引用します。
「「早く死ね、自分で死ね!」
 二〇〇三年六月、全国ではじめて「教師によるいじめ」と認定される事件が福岡で起こった。
 問題の小学校教師は、担任児童を自殺強要や凄惨な暴力でPTSDによる長期入院に追い込んだとされ、「殺人教師」とまで報じられた。
 だが後に、この一連の事実は、児童両親による「でっちあげ」だったことが明らかになっていく…」

そもそも、この事件が冤罪の色合いを強濃く持ったものとなっていた経過すら、この本を読むまで知りませんでした。本文中にも何度も出てきますが、マスコミはセンセーショナルに取り上げたこの事件の続報を封印しているかのようです。著者の福田によると、最初にこの事件をスクープした朝日新聞の市川雄輝記者は、その後の福田の問い合わせに対し「取材のやりとりについて答えただけで、それ以外の質問はいっさい受け付けな」いとのこと。「殺人教師」を実名入りで報道した週刊文春の西岡研介記者は、「こちらが裁判で明らかになった事実を説明しても、いっさい聞く耳を持たな」いとのこと。本書にもあるように、この事件は「松本サリン事件と同じく、過熱報道が招いた冤罪事件である可能性が高く、担任を体罰教師と決めつけて、一方的な報道に走ったマスコミ」によって捏造されたものと強く感じました。

〈加害者〉とされた担任側の視線に筆者が立った著作なので、〈冤罪〉と決めつけるのははばかられるかもしれませんが、〈被害者〉側の児童・両親が原告として担任と市を訴えた民事訴訟第一審の判決(平成18年7月28日)では、“原告らが主張するような体罰は認められない、PTSDの診断は信用できない、担任による人種差別・自殺強要などの発言がすべて否定”されたとのこと。これはもう冤罪事件であると断言して差し支えないでしょう。

どこにでもいる子ども思いの教育熱心な一教員が、瞬く間に「殺人教師」とされていく経過に唖然としました。また、報道を鵜呑みにした弁護士が全国から続々と集まり、〈被害者〉となった児童を応援するために、民事訴訟の第一回口頭弁論の際には原告側弁護団が550人に膨れあがっていた…ということにも驚きました。このとき、〈加害者〉である担任教師には、まだ代理人を引き受けてくれる弁護人が見つかっていなかったのだそうです。この後、担任教師はこの追い込まれた窮状に義憤を覚える弁護士と出会うこととなるのですが、「正義」の名の下に振りかざされる暴力、数を頼みとして一人を追い込んでしまう権力について考えさせられました。これらの550人の弁護団とは、いったい何のために組織され、そして一人一人は何を思ってこの弁護団に参加したのでしょうか。弁護士による芝居を見たあとだけに、さまざま複雑な思いを抱きました。

著者、福田はこの事件をこのように総括しています。
「子どもは善、教師は悪という単純な二元論的思考に凝り固まった人権派弁護士、保護者の無理難題を拒否できない学校現場や教育委員会、軽い体罰でもすぐに騒いで教師を悪者にするマスコミ、弁護士の話を鵜呑みにして、かわいそうな被害者を救うヒロイズムに酔った精神科医。そして、クレーマーと化した保護者。
 結局、彼らが寄ってたかって担任教師(本文中では仮名表記)を、“史上最悪の殺人教師”にデッチ上げたというのが真相であろう。」


……さて、ここから何を教訓として学び、これからを泳いでいったらよいか。
注意深く、かつ大胆に… どのように〈自己実現〉をはかっていけばよいか。

衝撃的な、ドキュメンタリーでした。

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『こんな時どう言い返す』/勝手に紹介。

リンクを貼っている池田修さんが2冊目の単著を出しました。
詳細はこちら
とっても忙しくしてる人なのに、すごいなぁ。

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